フランシスコ前

 ただならぬ感じの看板です。

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 「フランシスコ前」とあります。フランシスコ・ザビエルローマ教皇フランシスコなどのスペイン・ポルトガル語系の名前である「フランシスコ」「前」がついております。

この表示が何なのかと言いますと

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 信号機の交差点名表示板でした。ここは「フランシスコ前」交差点となります。

 もう一つおまけで電線が少ないタイプの信号&表示板です。

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 この「フランシスコ」が何かと調べますと

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 キリスト教系の児童養護施設「フランシスコの町」さんのことのようです。ちなみに交差点から40mくらい離れております。建物の周りに広がる農園が印象的でした。

 それでしたら交差点名も「フランシスコの町」や「フランシスコの町前」など施設の正式名称を含めたものにすれば良かったのにと少々思いましたが、なんででしょう?

 昔ご紹介した「ミラクル北」に似て、変わった風味の交差点でした。


コメント

  1. 管理人 より:

    たけ様
    貴重なお話、ありがとうございます。
    そんな背景があるのですね。
    昔から現在まで、この施設の担う役割の大きさには
    本当に頭が下がります。

  2. たけ より:

    かなしー物語が、隠れています。フランシスコの町は、昭和25年の改称です。
    この近くの相馬ヶ原の演習地で、ジラード事件が、昭和32年に起きています。
    進駐軍の宿営地でした。人間の証明のジョニー・ヘイワードと同じ境遇の子どもが
    たくさんいたと思われます。兵士をともに帰国できればいいですが、母子置き去りが
    普通でしょう。女でひとつで、育てることなど、不可能なこの時代、ここに来た子どもたちが、アメリカへ養子に行く際、出身地として、フランシスコの町としたのでしょうか。

  3. 管理人 より:

    やままやー様
    貴重な昔のお話、ありがとうございます。
    通称が標識に反映されるのは面白いですね。

    あと、昔はキリスト教系と謳わなかったのですね。

  4. やままやー より:

    昔々、フランシスコの町はその交差点北東角に有ったのです。
    当時の関係者は誰も町とは言わず”フランシスコ”だけで通っていたのでその名残かと。
    昔はキリスト教系なんて全く表面に出てませんでしたがね。
    最近は真正面に出るようになったようです。
    何でですかね?

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