KONPA

 有名物件のようですが、個人的なメモとして・・・
konpa
 小塚原刑場跡地、延命寺近くで見つけました。南千住コンパさんです。もう閉店してしまっているようですね・・・。当時の若者向けのスナックや居酒屋のような業態だったのでしょうか。
 シャッターを開くと階段があり二階に上っていくようです。看板の「コンパ」のフォントと、電気メータ横の金文字の「コンパ」のフォントを合わせているところなどに、ちょっとこだわりが見えます。

 ところで「コンパ」はドイツ語のKompanieや英語のCompanyから来ているようなのですが、このお店はKONPAでして、どちらとも違うコンパのようですね・・・?

 どんな風に盛り上がっていたのか、お店の全盛期の様子を見てみたいと強く思ってしまいました。


コメント

  1. 管理人 より:

    元従業員様
    お店の貴重なお話ありがとうございます。26年前というと所謂バブル時代に当たりますが、当時においても中々ディープな趣きのお店だったのですね。
    お店から北に向かった隅田川近くに知人の家がありまして、次に知人を訪ねる際にはこちらのお店の跡地をまた確認してみたいと思いました。

  2. 元従業員 より:

    今から26年前に4年間程勤めていました 20人が並んで座れるカウンター席が4つ 当時の従業員は殆んどがわけありで 絶縁された元ヤクザや前の店で客とできてかけおちして逃げて来た男女 単に住みかがなくてやってきた者などです 下の大衆酒場大利根(経営者は同じ)の女性従業員の殆んどが刑務所帰りで身寄りがなくやって来た人達で構成されています(寮があった為 そういう人には重宝していた)報知新聞に住み込みで従業員募集をかけていて しかも基本的には面接で断られることが無く即入寮できたのでそういった者達には重宝された そして店主が保護司をしているのでいろいろなワケアリ者には寛容でした 店主(従業員の間ではオヤジと呼んでいた)が千住の中央市場から売れ残った食材を安く仕入れをしていたので 安価で提供できた事と場所がそばだったので客は山谷の日雇い者ばかりでした。衛生状態は最悪で営業中でも厨房や店内のホール内(特に下の酒場)に巨大なドブネズミが徘徊しているような店で客の足元に来ると蹴飛ばした後 何事もなかったかの様に平気で酒を飲んでいました 客にとってはそれが日常の光景なので驚く事もなかったです。ので若者が来ることはまずなかったですね 自分が辞める少し前から中国人の従業員が増えてきたのを覚えています 留学生と聞いていたのですが...後に店主が逮捕されたのを聞いた時 その原因がなんとなく分かりました 一つは中国人従業員の不法就労と売春が元で それをオヤジが見て見ぬふりをした為に店がらみでやったと警察からそう見られたんでしょう。そんな店でしたが今ではいい思い出です。長々コメントをしてすいませんでした。ちなみにその当時自分は22歳でコンパの厨房を担当していました。

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