パワースポットいろいろ

 私は結構縁起を担ぐタイプなのですが、旅行中に縁起が良いと言われる場所がいくつかありましたので、巡ってみました。

 まずはブハラのイスマイル・サーマーニ廟です。
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 願い事を唱えながら時計回りに3周するとその願いが叶うとのことで、家族全員の健康と幸せをお願いしながら3周しました。

 その言い伝えは結構有名みたいで、地元の方もお願いしております。
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 次は同じくブハラのバハウッディン内にある「願いの木」です。
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 非常に有名なスポットのようで、老若男女・観光客・参拝客・警察官問わず、ひっきりなしに人が集まっていました。下をくぐったり、触ったり、木の洞に布やお金を詰めたり(子宝に恵まれるらしいです)、爪で木を削って(良いのか?!)小袋にしまっていたり・・・とそれぞれのアプローチでお願いをしております。
 私は木を触って下をくぐってお賽銭を入れて、家族全員の健康と幸せをお願いしました。

 次はサマルカンドのビビハニム・モスク中庭にあり、ウルグベクが寄進したと言われる「書見台(ラウヒ)」です。
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 これまた願い事を唱えながら時計回りに3周するとその願いが叶うとのことで、家族全員の健康と幸せをお願いしながら3周しました。

 ちなみにビビハニム・モスクに行った後の昼食のチャイに茶柱が立っておりまして、すかさず飲み干しました。
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 お願いした後に縁起が良すぎて一人で笑ってしまいました。ありがたいありがたい~。


サマルカンド おまけ

 レギスタン広場向かって左側にあるウルグベク・メドレセ(サマルカンド校)ですが、
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 20世紀前半にはミナレットが傾いてしまったり、広場に店や家が立ち並んでしまったり・・・と大変だったようです。
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 今回、このかつて傾いていた右のミナレットに登ってきました。
 この辺りを警備している警察官から「良い景色だから登らないか?その代わり・・・」と袖の下を要求されまして、応じてしまったわけです。ちなみに私は手持ちの金が少ないことをアピールし続けまして、言い値の半額にまでは値下げしてもらっています(笑
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 ミナレット内部はあまり整備されておらず足場が悪いので、私と同じように登る方は気をつけてください。

 向かいのシェルドル・メドレセです。偶像崇拝禁止なのに描いてしまった顔もくっきりです。
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 ビビハニムモスクやグリ・アミール廟、アフラシャブの丘もはっきり見えます。
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 この警察官は、いろいろな観光客に声をかけているようで、私が降りてすぐに次の「客」が登っていました。
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 ウルグベク先生はどう思うでしょうか?


サマルカンド 文化交差路

 ブハラの次に行ったのがサマルカンドです。中国では唐の時代に「康国」と呼ばれておりました。快晴が続く空とモスクの色から「青の都」というニックネームもあります。
 同じく、印象に残ったスポットを紹介して行きます。

 まずはティムールが埋葬されているグリ・アミール廟です。夜にはライトアップされます。
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 ティムールの棺のレプリカです。本物はこれと同様の配置で地下にあるのだそうです。
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 埋葬されているティムールの像はここの近く、道路の交差点内にありました。タシケントのものと違い座っていますね。
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 サマルカンド一の見所、レギスタン広場です。順に昼・夜・朝のレギスタン広場です。
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 ティムールの妃、ビビハニムのモスクと廟です。
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 ビビハニム・モスクは完成を焦ったため、当時から雑なつくりだったようですが、今も中は崩れそうで改修中でした。

 ウルグベク天文台のウルグベク像です。ティムールの孫で、教育に熱心で、自分も世界最先端の学者とすごい方です。像も賢そうに作られますね。
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 天文台と六文儀跡です。
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 シャーヒズィンダ廟群の正面です。
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 英語のできる地元の人と話した際、「他の国に行って、ウズベキスタンから来たというよりも、サマルカンドから来たと言った方が分かってもらえる。」という話を聞きました。
 そんな地元人も誇りにするような、きれいで落ち着いた町でした。


ブハラ おまけ

 ブハラのおまけ編です。

 1km以上離れたブハラ旧市街からのカラーン・ミナレットです。常に目印になりますね。
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 ナディール・ディヴァンベギ・メドレセです。偶像崇拝禁止のイスラムの教義に反して、入口中央部の太陽に顔を描いてしまっています・・・。勢いで思わずやってしまったのでしょうか。
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 しかしその顔は結構なゆるキャラ系です。

 土産物屋が立ち並ぶところにワインテイスティングのお店がありました。左が店主のジャマールさんです。親切な方で英語でかなり丁寧にワインの説明をしてくれます。
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 女性にはかなり飲みやすいワインのラインナップだと思います。
 このお店には来店者が感想を書いていく立派なノートがありまして、中に日本人観光客が冗談で「田崎真也」「川島なお美」の名で感想を書いたものがあったのですが、ジャマール氏はどうも本気に受け取っているようで・・・、ノートを私に見せてくれながら「日本で有名なソムリエと女優が来たんだ!彼らを知っているか?」とニコニコしながら説明してくれました。
 かなり優しくしてもらっていたので「これは嘘ですぜ、旦那」とは言えませんでしたね。どなたか説明してあげてください。

 とんちで有名なイスラム神学者のフッジャ・ナスレッディンの像です。ウズベキスタンでもかなり人気のある歴史上の人物のようで、一緒にロバに跨り写真を撮る国内観光客と思わしき人がたくさんいました。
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 ブハラは落ち着いた町でした。


ブハラ 歴史地区

 私がタシケントの次に向かったのがブハラです。中国では唐の時代に「安国」と呼ばれておりました。
 歴史地区として町が世界遺産に登録されておりますが、小さい町なので効率よく簡単に観光ができます。
 タシケント同様、印象に残ったスポットを紹介して行きます。

 まずはチャル・ミナルです。4本のミナレット(光塔)という意味です。鳩がたくさん住み着いておりました。
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 ウルグベク・メドレセアブドゥルアジスハーン・メドレセです。2つはお向かいさんでして、内部は同様に土産物屋になっています・・・。後者左側の塔先端の黒い物体はコウノトリの巣です。
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 メドレセついでにミル・アラブ・メドレセです。旧ソ連時代にも神学校として使われていたそうです。
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 ブハラ一番の見所、カラーン・ミナレットカラーン・モスクです。
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 カラーンは大きいという意味だそうでして、それぞれ「大きな光塔」と「大きなモスク」ということになります。確かに大きな建物でした。
 カラーン・ミナレットはチンギス・ハーンの襲来時にも壊されずに済んでいます。内部は登れるようなのですが、私は何故か登らせてもらえませんでした・・・。

 ブハラ・ハーンの居城、アルク城です。通りかかった際にテレビ撮影をしておりました。
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 私が落ち着けたのはここ、イスマイル・サーマーニ廟です。中央アジア最古の建物らしく、タシケントの歴史博物館でも取り上げられておりました。チンギス・ハーンの襲来時に破壊されなかったのは、当時土の中に埋まっていたからとのことです。公園の中にありまして、すごくのんびりできます。
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 もう1つ落ち着けたスポットがブハラ郊外のバハウッディンです。中央アジアで最も有名なイスラム教の巡礼地とのことです。皆さん真剣にお参りしておりました。
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 女性にも開かれたモスクとのことで、女性の巡礼者が多かったです。観光バスでやってくるようでして、バハウッディン前には大きなバスの駐車場がありました。